体験談

気持ち悪いアンチども、お前らが一番の有害物質だ

クソみたいな記事が氾濫している。

被リンクを寄せ集めただけの記事とか、誰かのパクリとか。
純粋に知りたくて検索しているのに、たどり着いた記事がそれって。時間の無駄だしがっかり感がハンパない。

 

それ以上に、クソみたいなアンチが湧いている。
どこから湧いてくるのか、うようよと集まっている。

 

わたしは以前、アンチの集まる掲示板にて悪口を書かれたことがある。
しゃなりではない別の活動ネームなのだが、だいぶ不愉快だった。

だってわたしは、誰にも迷惑をかけていない。

 

そこで今回は、アンチについて自分なりに徹底解剖してみた。
最強の暇人どもの性質がよくわかった。

アンチスレッドを観察し続けてみた

ということで、せっかく名前が挙がって批判されたので、アンチスレを静観してみようと試みた。

ネットストーカーもびっくり、スレの最初までさかのぼって全部見てきた。

 

以下のルールをもとに実践

  • 書き込まない・参加はしない
  • アンチスレを匂わせるツイートをしない
  • アンチに関わるリプをしない
  • 書かれていても無視する

 

ちなみに「しゃなり」とは一切関係がない、全く別名で活動しているアカウントが批判されている。

上記のルールは、わたしが個人的に応援している女性タレントへリプをしたり、備忘録として有益なツイートを残すべく、自分のために開設したアカウントで実行。

 

こんなのが流行っているんだからいじめはなくならないよね、と思う。

昔から村八分はあったし、アンチスレはネット界においての人間社会をよく表している。

誰か一人を的にして、なんとか揚げ足を取りたくてうずうずしている人が多くいる。

何かを批判したくて仕方がない。

無能の憂さ晴らし

基本的に芸能人や有名人に認識してもらい、言及してもらえることはありえない。
彼らの存在は虚像である。

それが理解できずに、答えてくれないなんて冷たいと怒る。

そしてアンチスレッドに直行する。

 

承認欲求が過剰に働いていて、客観的な視点が欠けている。
特に努力もせず著名人と同等の扱いを求める。

自分の無能さを認められず、相手にしてもらえないことに納得できないのだ。

無能だと認めたくないので相手を批判し、同意見を持つ者とつるんで安心感を得る。

 

もしくは単純に腹が立つから、ムカつくからという子供じみた感情に支配されて相手を窮地に追い込もうとする。

こうしていじめは生まれる。

 

承認欲求の塊

匿名とはいえ誰でも見られるネットに書き込めば、書かれた本人が見つけてしまう可能性もある。

そして、住民は見つけて欲しがっている場合もある。

「◯◯、見てるー?」や「本人降臨」「◯◯ここ見に来ないかな」などの書き込みからは、本人の登場を待ち望んでいる本音があけすけだ。

陰でやるだけでなく、ある意味オープンにして見せつける。

自分の意見を見てほしいのだ。

有名人がこんなところに書き込む暇も価値も感じていないって分かるだろうに、相手にして欲しがっているのが見え見え。

かまってちゃんもここまでいくと重症である。
かなり迷惑な行為だ。

罵倒される

以前名指しで「知的障害」と書かれたことがある。
「ヤバイ」「頭のおかしい信者だ」なども書かれた。

書いた人の正体はわからない。
匿名掲示板なのだ。

自分の正体は明かさずに。
そんな人が何人もいる。

赤信号みんなで渡れば怖くないの精神だ。

 

  • 誰にも迷惑をかけていない
  • そもそも絡みがない
  • そのタレント以外の誰かについて言及したこともない
  • 自分について書いたこともない
  • 届いたDMに返信したことはあるが、自分から関わりに行ったことはない

 

わたしが彼女を応援しているのが気に入らないのだ。

自分と違う人はみんな頭のおかしいヤツにすることで安心する心理だ。

誰でもいい

掲示板に誰もいなくなれば、彼らはスレッドから姿を消す。

そして、揚げ足をとって批判できそうな対象を必死で探し始める

 

格好の標的を見つけたらしめたもの。

新しい対象に向けて、嬉々として攻撃を開始する。

自分は矛盾を指摘できる有能な人間だと思い込ませる、格好の手段だ。

攻撃対象は誰でもいい。

 

彼らはこれを何度も繰り返している。

「最初は◯◯をヲチってたんだけど〜」などと豪語している。

恥ずかしいという意識がまるで欠如してる。

ヲチとは:ネットの内外を問わず、個人や企業・メディア・サイト・国家などを観察してニヤニヤするという極めて悪趣味な行為。ウォッチを意味するネットスラング。

 

悪趣味と定義されているにも関わらずその性壁を自ら暴露し(彼らは暴露とも思っていない)、開き直っている。

手に負えない。

こういう人が犯罪を犯すんだよねぇ。

 

いくら匿名だって警察が本気で捜査すれば、どこで誰がいつ書き込んだかなんてすぐにバレる。

いざとなれば、絶対に調査されない保証なんてどこにもない。

そのリスクはもちろん背負って、理解して書いてるんだよね?

 

もしそれさえ考えが及んでいないなら相当の浅知恵だ。

他人を批判している場合ではない。

過去のニュースでも見て勉強して出直した方がいい。

生産性が死ぬ

観察を続けて何日かすると、何もする意欲がなくなった。
行動が制限されていく。

さらには、何かを意欲的にすればするほど、わたしのやっていることなんて誰の役にも立たなくて意味ないのかな…などとメンタルが毒されていく。

 

今ならわかるが、アンチの方に価値があるわけがない。

生み出そうとする人の邪魔になる有害物質だ。

それだけで十分、距離をおく価値はある。

アンチスレに触れている数日間は、底辺に吸い寄せられていく引力をハッキリと感じていた。

 

意地悪になる

アンチだからといって全ての発言が過激なものではない。

中には割と正しいんじゃないか、と思えることを書く人もいた。

 

しかし、悪ふざけが過ぎる方向に進む流れになりやすく、バカ・ブス・障害者・死ねなどの差別用語が連投される。

足を突っ込んでいる人は自然と過激になっていき、ものの見方が意地悪になる。

 

何をやっても批判するし、批判し尽くすと今度は人格否定が始まる。

悪意しかない似顔絵が投稿されたり、写りの悪い写真を拡大して永遠といじったりもしていた。

 

そこまで批判するなら自分はどうなんだ。
お前らは絶世の美男美女なのか?

どうせ見るに耐えない容姿か、パッとしない日常の憂さ晴らしをしているから死んだ目をしているんだろう。

違うというなら自分の顔を載せてみろ。

 

もちろん載せるリスクは怖いから、なんだかんだと屁理屈をこねて絶対に載せない。

 

成長が止まる

燃料が投下されたと喜んで批判に花を咲かせ、盛り上がり、飽きたらまた人格否定。

それでも足りなければ過去の話題を持ち出して批判。

 

昔はファンだったと書く人も一定数いるのだが、思うことがある。

たとえ今は嫌いでも過去に好きになった人の悪口をネットに残すなんて、あまりにも衝動的で思考力が足りない。

そんなに否定したいならノートや日記でも買ってこっそり書いたらいいのに、彼らはそれだと満足しない。

批判したことに対して、同調して欲しいのだ。

 

仲間を欲しがって書き込む癖に、少し意見が合わないだけで今度はそちらの住民に攻撃の矢を向けているのも、嫌というほど見た。

成長しない姿を長らく見せつけられただけで、得るものは何もなかった。

 

強いていうなら、死んでも彼らの仲間にはなりたくないと意志を強められたこと。

成長もしなければ成功もしない考えを持つ人の集まりだった。

こんな人たちの仲間には絶対なりたくない

掲示板を見るのをスパッとやめてみたところ、驚くほどスッキリとした解放感と穏やかな日々が戻ってきた。

観察するのは結構だけれど、迷惑をかけていない他人の批判を書き込むって悪趣味で意地悪だよね。

しかも自分の素性は明かさない。
このズルさが心底気持ち悪い。

 

絶対に友達になりたくないし、関わりたくない。

わたしの友達にはそんな人がいなくて本当に良かった。

 

この記事を読んで、少しでも役に立ててもらえたら嬉しいです!

読んでくれてありがとう。
しゃなりぉー!(・ω・)/

アニソンブロガー南 咲希
Twitter:(@minamix_syanari)